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アラビア砂漠の中の商店街。
夕暮れに、宿の前のベンチに体を擡げタバコを吹かしていた。
サウジアラビア人は気温が下がったからか、3人組で談笑しながら街を歩いている。
この国の人はウェットだ。
今日も現場事務所で会った初対面のサウジアラビア人は、微笑んで抱きつきながら歓迎してくれた。嬉しさとともに、身体的距離の近さに驚いた。
砂漠の気候がドライな分、人の中身はその外気の乾燥を補填するかのようにウェットになるのだろうか。
疲れのあまり、自分でもよく分からない思索にふけっていた。
何を話しているかは分からないが、今、私の目の前も通り過ぎるサウジアラビア人の3人組も、何か日々のことを細かく報告し合っているように見える。
そんな中、目の前にフォード製の大きな車が停まった。
中からはスキンベッドのガタイのいいサウジアラビア人が出てくる。サングラスをかけ、レイカーズのユニフォームを着ている。
ドアを閉め、鍵をかけるとこちらに向かってきた。
「サラー、日本人かい。」
笑いながら英語で話しかけてきた。
「サラー、そうだ。そこの建設現場で働いていて疲れたよ。」
そう返すと彼はベンチの横に腰掛けた。
どうやら彼は隣の建設現場で働いており、タンク工事を担当する会社で働いているようだ。
お互いの建設現場の話でひとしきり盛り上がった。
「俺もここで友達を待っていていいかい。」
気に入られたようで、彼もタバコをポケットから取り出して吹かしだした。
しばらくすると、同じくフォードの車が目の前にとまり、中から2人の男が出てきた。
一人はシカゴブルズのユニフォーム、もうひとりはサウジアラビア伝統の白いトーブを着ていた。
サウジアラビア人はトーブとひとつのファッションのように着まわす。人によっては常にきている訳ではなく、ある日はスーツ、ある日はカジュアルスーツ、ある日はトーブ、といった具合だ。
日本でも私の好きな大橋トリオは、フェスの舞台衣装としてトーブと着ていたことを思い出した。これもグローバル化の流れなのだろう。
思い立ってスマホを取り出し、アマゾンでトーブを検索してみる。3000円弱で売っているではないか。
帰国時の楽しみにようと購入ボタンを押した。
「こいつら、俺の相棒たちだ。紹介するよ。」
スマホをいじっているとベンチ横に座っていたスキンヘッドが紹介してきた。
2人はベンチの前に立ちながら笑顔で手を差し出してきた。握手をして自己紹介をする。
3人とも、同じ現場で働くサウジアラビア人で、部署は違うらしい。
いつの間にか3人のサウジアラビア人に囲まれ、生まれがどこだの、なぜサウジアラビアで仕事してるだの、根ほり葉ほり身の上を聞かれた。
「仕事を引退したら何をしたいんだ。」
老後の話まで聞くのか。
「これまで働いたり旅した海外の国に中から、気にいった国を選んで妻と2人で暮らすかな。この土地もその候補さ。」
サウジアラビア人が嬉しそうに笑った。
「いいじゃないか!サウジアラビアのどこが気に入ったんだ。」
シカゴブルズのサウジアラビア人が前のめりになって聞いてきた。
「人、かな。この国の人は温かい。砂漠の夕暮れも美しいしね。」
「お前わかってるな。応援するよ。この土地で日本の雑貨屋を開けばいいじゃないか。絶対ウケるぜ。」
シカゴは嬉しそうにその雑貨屋で売った方がいい品を次々と提案してきた。刀、着物、うどん。レイカーズとトーブも乗って矢継ぎ早にアイディアを出してくる。
盛り上がったあとは、3人はアラビア語で続きを話し出した。私はタバコを買ってくるとその場を離れ、街の雑貨屋に向かう。
仕事は身体に応えるが、こういう出会いも求めて、海外に飛び出した。
24歳の若気の至りだと後悔したこともあったが、今、あの時の決断が間違いでもなかったかな、と心の中で微笑んだ。
雑貨屋で現地のタバコを買って、宿前のベンチに戻ると、シカゴだけベンチに座っていた。
話しかけると、残りの2人はシャワーを浴びに宿に戻ったらしい。
再びベンチに腰掛けると、シカゴは神妙な顔で切り出した。
「ところでなぜ、君はずっと海外を渡り歩いているんだい。日本には感謝してないのか。」
答えにつまってしまった。日本に感謝、そんなことは無礼かもしれないが考えたこともなかった。むしろ、日本人の同調圧力から逃げて、海外で働いている面が強い。
「俺らはな、3人ともサウジアラビアで育って、大学はアメリカにいったんだ。でも、必ずサウジアラビアで働くと誓っている。この国に感謝してるからね。」
誇らしげにシカゴはこちらの目をみて語りだした。
シカゴが言うところによると、サウジアラビアは政府からの支援が厚いらしい。政府はオイルマネーで潤っており、そのお金を存分に国民に分け与えている。例えば、車を一家に一台持てるのも、彼らのようにアメリカの大学に進学できたのも、政府からの多額の支援金のお陰らしい。
そして、The Lineというペルシャ湾沖のプロジェクトを紹介された。砂漠のど真ん中に幅200m、長さ170kmの直線状の空間に未来都市空間を作り出す壮大なプロジェクトだ。
今、サウジアラビアでは多額の金が動き、複数の巨大プロジェクトが進行中のようで、多くの雇用を創出しているらしい。
「俺らは海外で学び、この国に貢献するために戻ってきた。そしてこれからもサウジアラビアで働き続ける。The Lineを見ろよ、世界を今に驚かせるぜ。」
誇らしげにそうシカゴは前を見て語った。
僕はこれまでこんな仕事の仕方をしたことがあっただろうか。
日本という国に育ててもらいながら、嫌な面ばかり文句をいって、斜に構えていたように感じる。
ベンチに座りながら、シカゴは誇らしげに、僕は悲しげに、街頭が灯りだしたサファニヤの街を眺めていた。
