
その日は朝から在宅勤務をしていた。
朝からなんとなく、日吉の実家はバタバタしているだろうと感じていた。親父は相も変わらず、的確でスピーディーな指示をしていることだろう。親父は判断力と推進力はあるが、そこがキレが良すぎて全体感に欠けるところがある。少し心配だな、と思いつつも、親子ならそこは大丈夫だろう。一旦集中して、仕事に向かうことにした。
世の中は理屈では説明できないことがある。私の中でも、自分の感覚が研ぎ澄まされているときと、そうできないときがあり、駐在明けは大抵鋭くなる。何の流れか分からないが、その日は前者の期間であった。
流れに身を任せて向かったら、すべてがちょうどいい。なぜかそんな自信があった。
私の家族には色々あった。しかし、海外に行き、中国人と喧嘩し、マレーシア人と喧嘩し、フィリピン人とも喧嘩、ひとつ私の中で醸成された考えがある。それは“正義など存在しない”という点だ。正義は角度によって変わり、それぞれが大切にしているものでも変わってくる。正義のずれが亀裂やひずみを生むのであろう。
我々家族に生まれた亀裂も、どちらが正しくて間違っているということはない。ただのずれてあって、どちらかの人生を否定すべきでもない。
祖父は、本当にまっすぐな人だ。三男で大切に育てられ、期待され、その期待に応えて優秀な大学に進学し、親の期待通り、薬剤師になり、日吉で唯一の薬局を開業した。
仕事を片付けて赴くままに新幹線に乗り、名古屋駅のホームできしめんを食べたあとに、中央線に乗った。親父からは、案の定、「酸素ボンベ調達でバタバタしており、遅くなる。」との連絡が入った。
やはりな。
私は、「タクシーでいくので俺のとこは気にしないでください。」とラインの返信をした。
中央線は乗り継ぎが悪く、ホームで20分程待つことになった。コーヒーとミンティアを買い、ホームの端に立つ。ホームを見ると、人々は改札への階段付近に立っている。なんとなく、「ホームの端になる人のほうが好きだな」と陽だまりのホームの端でぼんやりコーヒーの蓋を開けながら考える。
ホームの端から端まで歩いてみる。人々の会話に耳を傾ける。フィリピンにいると、当然人々はタガログ語で語り合っている。英語が通用するとい思っていたのは、勘違いであり、ある特定の教育を受けた人々だけであった。しかし、言語はあくまで道具だと日々実感している。日本語が通じても理解できない価値観もあれば、英語のカタコトでも共有できる人々がいる。ホームを歩きながら、そんなことを考えていた。
ゆっくり一往復すると、ちょうど電車がきた。
電車に揺られながら外の風景を見る。どこまでも平らな名古屋。関東平野はどこか広すぎる。濃尾平野くらいの手の届く規模感に凝縮された街並みが好きだとぼんやり考える。それは私が生まれ育った、ということも関係しているのだろう。しかし、名古屋の人は奇抜だ。なんなのだろう。自己主張なのだろうか。そこが強さなのかもしれない。という思考はしつつ、待て待て、民族でくくるな、と自分を戒める。分類と断定は人を傷つける。対峙する人への「分からなさ」は、人に対する敬意であり、その「分からさ」を探ることこそ、「会話」である。
そんなことを考えていると、いつの間にか、瑞浪駅につく。電車を降りると、どこか懐かしい感覚になる。改札をでると、タクシー乗り場にタクシーが停まっていた。ただ、なんとなく、このタクシーに乗ること違った。意味もなく、商店街に足を向ける。
シャッターが閉まっていた。どこかそれが趣深かった。ひとしきり歩いて駅前に戻る。駅前には、名古屋に向かう子供を送りに来た母親二人が立ち話をしていた。タクシー乗り場にタクシーは停まっていなく、周囲を見渡してもタクシーはいない。
さて、調べるかな。
スマホを取り出そうとすると違和感を感じた。いや、ここは違うな。
立ち話をしていた母親ふたりの元に向かう。
「すみません、携帯の電池が切れてしまって、タクシーに乗りたいのですが、タクシー会社の車庫とかって近くにありますか。」
すると、母親のうちのひとりが
「あら、ほうか!そりゃ大変。タクシー、おらへんねえ。車庫はちょっとここから歩くんよ。ちょっと待ってね。電話するから。」
と気前よくスマホで電話をかけてくれる。タクシー会社にどうやら繋がったようだ。
「どちらいかれるの?」
しまった。住所は携帯に保存してある。今取り出すと充電がないことにならない。
「日吉薬局ってわかります?もう引退して閉めてしまったんですが、祖父が昔やっていて。」
「日吉に薬局なんてあったっけ。あああー!昔一個あった!ほうか、ほうか。ちょっと待ってな。」
なぜかすごく嬉しかった。これまで「おじいちゃん」という面でした、祖父をみていなかったが、地域にしっかり根を張って、人のために尽力していたんだ、と。
タクシーがくる。母親二人組にお礼をいってタクシーに乗り込む。
「日吉薬局ってわかりますか?」
先ほどの母親二人組と全く同じ反応が返ってくる。また嬉しくなる。
タクシーの中ではなぜかずっとタバコの好きな銘柄で盛り上がっていた。マルボロ、セッター、メビウス(昔はマイルドセブン、マイセンだったなあ、とか)、わかば、ハイライト。学生時代に吸っていた記憶を思い返し、ハイライトを吸っているとカッコいいと思っていただのなんだの、不思議と意見があった。
昔、そういえば親父も学生時代、タバコを吸っていたといっていた。お袋と結婚したあとにやめたみたいだが、ちょっとした祖父への反抗期だったのかもしれない。誰しもそういう時期はある。私のタバコのそれだったんだろう。
おじいちゃんは絶対タバコ嫌いだろうな。
そんなことをなんとなく、すっかり暗くなった車窓から外を眺めながら考える。
「今日はお通夜ですか。」
運転手の方がとんでもないことを言ってきた。
「まだ生きてます。ガンのターミナル期ですが。」
と笑いながら返す。
「ほかほか、勝手に殺しちゃいかんね。ごめんね!」
運転手は明るく返す。祖父が亡くなるなんて想像もしなくなかったが、どこかその明るさに救われている自分もいた。
「俺のタクシー運転手の先輩なんか、末期がんでもタバコガンガン吸ってまだ働いとるよ!」
また嬉しくなる。おじいちゃんには長生きして欲しい。心からそう思っていた。働いてほしいとは微塵も思わないが、まだ生きてくれる可能性があるだけでも嬉しい。
そんなことを思っているといつのまにか、祖父の家につく。
クレジットカードで支払いを済ませ、玄関に向かう。すると、親父がでてくる。そして玄関を開くと祖母が満面の笑顔で立っていた。
